『ぼくの小鳥ちゃん』 江國香織 (あかね書房) [江國香織&荒井良二]

 荒井良二さんのほっこりとしたかわいらしい挿し絵の入った本です。

 ある日突然やってきた白い小さな小鳥ちゃんと、ぼくと彼女の微妙な関係の三者の日常をベースにお話が進んでいくのですが、ずっとそのまま続いてほしいような、でも辛いような・・・ゆらゆらとした感じがなんともいえません。 
 そのゆらゆらした危さの象徴的な場面が、ある日ケンカした「ぼく」に対して、「羽根があるとすごく便利ね」(こんな時どこかに飛んでいけるから)と彼女が言うシーンです。対して、その夜帰ってきた「ぼく」に向かって小鳥ちゃんは、「あたしはあなたの小鳥ちゃんよね」と訊き、僕が仕方なくうなずくと「よかった」と胸を膨らませます。
 どちらも大切な存在になってしまっている僕と彼女と小鳥ちゃん。3人のそれぞれの切ない部分がふっと表面に出てくるところは、触れると痛いところに触れてしまったという感じで、どきっとしてしまいます。

 三人とも、平和に暮しているけれど、危ういバランスの糸で吊られているような、幸せで少し切ない日常。
 危げで儚いからこそ、たぶんきれいに感じるお話なのだと思います。

 でも、ちょっと視点を変えて、この3者を両親と娘のような関係だと思って読んでみると、懐かしいような甘酸っぱいような感じもするところが面白いです。
 お父さんのお嫁さんになりたい女の子と、娘がかわいいお父さん、器用でしっかりものの素敵なお母さんと、お母さんに子供なりに対抗意識をちゃんと持っている娘・・・みたいな。
 または、読み手としての視点を変えて、「彼女」の立場に立ってみると、「小鳥ちゃん」を子供ととるか、女性ととるかで、「なんだか複雑・・・」と思うかもしれません。

 もしかしたらほかにも、このお話の大枠にあてはまる関係性はいろいろあるかもしれません。読む人によって、ガラリと変わる。そういう幅のもちというか、普遍性みたいなものが、昔からある童話や逸話に分類される物語のようで、現代の人が書いたひとつの作品としてみると、結構すごいんじゃないかなぁと思います。ほかの人がどんなお話として受け止めるのか、知りたくなります。細かい部分を思い出すと、やっぱり恋愛の話なのだろうとは思うのですが。

 文章の作品の読み方はいろいろとあると思うけれど、現実的な感覚で読んで、「甘いおとぎ話」として片付けてしまわずに、ぶくぶくと物語に沈んでみると、この本は、幸せな感じがしたり、どきどきしたり、切なかったり、心が揉み解されるような「イタ気持ちよさ」があります。
 心が固まってしまったような、しばらくこわばってしまっているような気分のときに読むと、じんわりとほぐれる気がします。

 私の好きなシーンは、「あたしびょうきになったみたい」と、小鳥ちゃんが満足気にぐったりしてみせるシーンです。小鳥ちゃんによると、「びょうき」というのは、ずっと寝ていて、どこにも行ってはいけなくて、朝と晩にお薬をもらわなければならないそうなのですが、お薬というのはラム酒をかけたアイスクリームだそうです。
 この場面のぼくと小鳥ちゃんのやりとりが、かわいらしいやらおかしいやらで、思わず顔がほころんでしまいます。
 寒い冬を感じ始める季節に、暖かい家の中で読むのにぴったりの一冊です。
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whitenote

この記事は、うまくまとまらなかった部分、初回投稿で書ききれていなかった部分について、2009年11月19日に大幅に加筆・修正を加えました。
by whitenote (2009-11-19 04:03) 

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