『白夜の旅』 東山魁夷 (新潮文庫) [東山魁夷]

 久々に図書館に本を借りに行き、嬉しくて、でもちょっと考えてしまう本との出会いがありました。

 『白夜の旅』と題された、北欧の旅をつづったこのエッセイのカバーは、シンプルな二色刷りの印象深いデザインで、独特の空色と白のコントラストが、爽やかな冷たい空気を感じさせてくれて、冬の窓辺に置いておきたくなります。
 
 実は、この本との出会いを嬉しく思ったのは、一冊の素敵な本との出会いとしてということはもちろん、個人的な思い出が少し関係しています。

 著者である、画家の東山魁夷との出会いは、幼いころの大掃除のとき、実家の押し入れの中でした。
 深い森と湖があって、しんしんと寄り添うたくさんの木々と、一頭のすらりとした白い馬が湖面に映っている不思議な絵が、暗い押し入れの中で突然目に飛び込んできて、「え?」と思って引き出してみると、大きな画集が出てきたのです。不思議に思って聞いてみると、それは、あまり色々と物を持たない母が、ずいぶんと前に買って、ずっと大事にしていたものでした。そのときどんな会話をしたかはあまり覚えていないのですが、画集を見る母の顔が、なんだか私の知らない個人的な母の顔に見えて、でも素敵に見えたのを覚えています。

 魁夷の絵との出会いは、そんな思い出があったので、図書館で著者名を見たとき、このときの記憶がふわぁーっと蘇り、嬉しい気分になったのでした。

 一方で、「ちょっと考えてしまった」のは、この本から感じた、「強い憧れ」とか「渇望」といった感覚についてです。

 「北方とは私にとっては心の中にある磁針の指す方向であって、北方の風景は私の志向する世界の象徴である。」

 この本に書かれている、こうしたゆるがない自覚を持った言葉には、遠い国に、心が自然と強く惹かれてしまっている様が生き生きと顕れていて、活字を通して過去に生きた人の強い思いに触れられることのすごさを感じます。
 でも、その一方で、今のように、情報も交通も発達して、世界中と常に何となくつながっているような感覚というものがあまりない時代だったからこその言葉かもしれないな・・・とも思えて、なんだか複雑な感情も湧いてきます。

 実際にそれを手に入れることよりも、憧れを持って思いを膨らましている時の得も言われぬ幸福感、充実感・・・そういったものは、便利になるほど、得がたくなるのかもしれません。
 便利で楽で、それまでに出来なかったことが出来るようになるのは、嬉しいことだと思うのですが・・・。ものごとというのは大抵そういうものですが、違う側面に光を当ててみたとき、う~んと唸ってしまいます。

 私はまだ人の親にはなっていませんが、それなりの年齢になり、パートナーと出会ってから、こういうことを考えるときは、自分たちの子供として生まれてくる世代について考えるようになりました。
 「子供たちに幸せな世界を残す」というのは、ただがむしゃらに頑張れば良いということではなくて、色々な側面を見なければ叶わないものかもしれません・・・難しいことだなと思います。

 そういう難しいことを考えて、う~むと唸りながらも、コーヒーをちょっと飲んで一息つくと、また一読者として旅の記録に浸ってしまうのですが・・・。
 本当に本を読むって、自分の中の何を掘り起こされるかわかりません。それも楽しみの一つなのですが。

 今回は魁夷の静かな情熱に触発されて、色々と考えてしまいましたが、中にある手書きの楽譜や地図、挿絵もとてもかわいらしくて、アートとしても手元に欲しくなる、とてもきれいな本です。
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